31歳ガン漂流 / 奥山貴宏

我が家の購入推奨漫画家のひとり、やまだないと氏が表紙を描いているこの本。ag国憲法では"表紙を描いている本"つーのは「別に買わなくてよい」となっておるのですが、なぜかやまだないとが表紙を描いている本は読みたい本が多いので、結局買うわけです。もうこんな何文字もかけて理由づけしてねーでつべこべ言わず買えよ!!!などと今思いました。ほんとは「ガン」という言葉に釣られました。人の不幸はある程度スキですが、それ以上に病に、病にかかった時の心理に興味があるという悪趣味。帯にクドカンがリアリティ云々と書いてたけど、これも今書いてたら気づいた。ちょっと木更津キャッツアイのぶっさんっぽいかも。そん中で一番目を引いたのは「働いていないと職業欄が「ガン患者」になってしまう気がした」というくだり。今のナゼナニ議題に「肩書き」っつー項目が含まれてるもんで。私にはガンまでいかないが、オッサンのよーな名前の持病がある。すぐに死ぬようなあれじゃないが人間の友達より長いつきあいになるであろう親友である。それとこれを一緒にしないでくれと言われてもまあ病は病だからさ。発病…というより自覚症状が出た時に仕事を強制的に休まされた事はその後半年の私を苦しめ続け、後生大事に想い出として取ってある程だ。その仕事が無い自分はなんてちっぽけでなんの価値もない存在なのか。返せ返せと子供のようにジタバタジタバタと汚くもがき続け、俯瞰して見ればなんて人間らしい執着心と責任感を持てるよーになったのかと、自分で自分を誉めても今ではいいかなと思うんですが(笑)。でもそれがあったおかげサマというかなんというか、肩書きなんてなくても大丈夫になりたくて、何かに縛られるなんてアホくさいと思ってる。それってやっぱ病にかかれば誰でも弱気になるんだけど、そこから脱出したってことなんかな。だからなんかすごく強気の文章群の中でちょっとした弱気が覗いて人間らしくておやと気になった一文。今持ってる肩書きでしか動けなくて、その先にもそれしかなくて、じゃぁあたしの全ては肩書きなんかい?肩書きなんかよりその人の過ごしてきた日の方が大事だよなと思う今日この頃なのでございます。

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